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名古屋家庭裁判所 昭和49年(少)3959号 決定

少年 N・K(昭三三・一・一七生)

主文

少年を名古屋保護観察所の保護観察に付する。

理由

第1非行事実関係

1  非行事実

少年は、昭和四九年一〇月一二日午後三時一〇分頃、自動二輪車名古屋○××××号(ホンダ七五〇CC)を運転して愛知県小牧市○○○×××番地先国道一五五号線道路上を時速約一〇〇キロメートルの速度で西進中(なお、同道路の制限速度は毎時四〇キロメートルである。)、おりから同所において自動車速度違反取締の職務を遂行中であつた愛知県○○警察署勤務巡査○間○人および同○藤○章の両名がそれぞれ少年の進路前方約一一七、九メートルおよび一三五、三メートルの地点の道路上に立つて少年に対して停止すべき旨の手合図を行つているのを認めたのであるが、咄嗟にそのまま同所を突破して逃走することを企て、自車を上記巡査らに衝突させて受傷させるに至ることもあり得ることを予見しながらそれもやむなしとの意思の下に、何らの衝突回避措置もとることなく上記速度のままで上記巡査らの停立地点へ向けて西進を続け、自車前輪部分を逃げ遅れた上記○藤○章(当二〇年)に衝突させて同人を道路上にはね飛ばし、よつて同人に対し約二ヶ月間の安静加療を要する右膝・足関節脱臼、右腓骨骨折の傷害の結果を与えたものである。

2  適用法令

上記認定にかかる非行事実は刑法二〇四条に該当する。

3  認定理由

本件送致事実の要旨は、少年は、上記認定のとおりの態様で手合図中の○藤巡査らを認めた際、警察官らの位置、姿勢、態度に十分注視して衝突事故の発生を予見するとともにただちに停止できるように減速徐行して事故の発生を回避すべき自動車運転者としての業務上の注意義務があるのにこれを怠つてそのまま西進していけば警察官らは逃避するものと軽信のうえ従前の速度まで西進して逃走せんとしたために、上記認定と同様の態様で○藤巡査に衝突して同人に受傷の結果を与えた(業務上過失傷害、刑法二一一条前段該当)というものである。

(1)  ところで、本件事件記録中の各証拠書類および当審判廷における少年の供述を総合すれば、少年が上記認定どおりの態様で○藤巡査らが停止の手合図を行なつているのを発見した際、少年において毎時約一〇〇キロメートルの速度でそのままの進路を保つて西進すれば同巡査らが逃避してくれるものと期待していたことは否めないけれども、少年がその際衝突事故の発生を予見しかつその結果を認容する意思をも併せ有していたものと優に認定することができる。少年自身はかかる未必的傷害の故意の存在を積極的に自認はしていないけれども、本件各証拠によつて認められる本件事故の外形的態様、特に、少年において減速措置も進路変更措置もとることなく、上記巡査ら両名が自動車線上ほぼ中央付近に位置して停止して停止の手合図を行なつているのを認めつつ、同所を突破せんとして毎時約一〇〇キロメートルの高速度のまま自動車線ほぼ中央を直線的に走行していつたとの本件事故惹起に至る少年の行為の態様は、未必的にせよ傷害の故意が存在しない限り、とうてい実行不可能なものと解さざるを得ないものというべきである。

(2)  少年保護事件手続において家庭裁判所は送致にかかる非行事実によつて完全に拘束されるものではなく、当該送致事実と同一性を有する限度で他の非行事実を認定する自由を有するものと解されるところ、この理は、本件の如く業務上過失傷害罪を犯したとして送致された少年に対してより重い罪たる傷害罪を犯した旨の認定がなされる場合にも妥当するものというべきである。もつともこのような場合にあつては、刑法的意味における罪の軽重がそのまま保護処分の選択やその要否についての判断に直接的に影響するものではないにしても、罪質の相異が少年の要保護性を判断するうえでの重要な資料となり、また、いかなる内容をもつた処遇ないし矯正教育が必要となつてくるかについて重要な差異をももたらし得るものであることに鑑み、少年において新たな嫌疑事実に対して十分な防御権を行使することを可能ならしめるべく、審判手続を主宰する裁判所において、認定されるかもしれない新たな非行事実についての内容を適宜少年に告げてその弁解を徴し、また必要に応じて反証を促す等、刑事訴訟手続にあつては訴因変更手続によつて新たな訴因が明確に呈示されて被告人においてもこれに十分対処することが保障されることとなつている制度目的の実質が、少年保護手続下の少年に対しても実質的に保障されることとなるよう、審判手続を運営するうえで周到な配慮をなすべきことは、適正な審判手続を保障するために不可欠の法的要請であると解される。かかる場合に対処するための明文の規定を欠く少年保護手続にあつては、具体的にいかなる配慮をなすべきかは裁判所の健全な裁量に委ねられているものというべきであるが、かかる裁量権の行使の具体的態様が適正手続を保障するに足るものであるか否かは、個々の事件の具体的条件の下で個別的に決せらるべき性質の問題であるといわざるを得ない。そして、少年の理解能力、事件の内容その他個々の事件の具体的諸事情の下で適切と認められる上述の手続上の配慮がなされたうえで認定されるものである限り、裁判所が少年の犯した非行の真相を追及して送致事実より重い罪たる非行事実を認定する中でも審判の教育的機能を損なうことはなく逆にこれを昂揚せしめ、しかも、少年の問題点に応じた適切な処遇を施すことが可能となつてくるものなのである。

(3)  当裁判所においても上述の観点から、審判をすすめるにあたり、本件送致にかかる非行事実について少年の弁解を徴した後、「本件は不注意な運転方法によつて起きた通常の交通事故とは異なり、警察官と衝突して怪我をさせることになつても構わないとの考えをもつたままで走つていつて衝突し怪我をさせてしまつたというより悪質な事故であると疑われる」旨を少年に対して告知したうえ、未必の故意の存否につき特に少年の弁解を促して本件非行事実の認定に至つたものであるが、本件の如く、(イ)送致事実と認定事実の間に行為および結果の外形的側面に何らの齟齬がなく、(ロ)この外形的側面についてはこれを証するに足る十分の証拠があつて少年自身も概ねこれを自認しており、(ハ)送致事実と認定事実の間に存する差異が専ら少年の内心の意思いかんという問題にかかつている場合には、審判廷における新たな非行事実の告知とそれに対する少年の弁解の聴取が少年にも理解できる形式をもつて十分になされることをもつて、当該弁解を徴した結果として非行事実の外形的側面につき疑念がもたらされることになる等の他に証拠調を要する特段の事情が表出して来ない限り、上述した適正手続上の法的要請は満足されるものと思料する。

(4)  よつて、上記のとおり、傷害罪たる非行事実を認定することとする。

第2処遇関係

少年は、昭和四八年三月小牧市立○○中学校を卒業して後、レストラン「○○○」に就職したがその後転職を重ねて昭和四九年四月以降は、兄N・Tが注込稼働中の小牧市×××○○段ボールに通勤稼働するようになつて現在に至つているものであるが、以下にみるとおり、少年の性格ないし行動傾向、家庭および職場環境、交友関係、保護者らの監護能力等に照らし、少年の今後の動向には極めて多くの不安定要因が存し、十分な指導能力を有する専門家によつて少年の生活状況の適格な把握のうえにたつた緻密な生活指導が相当長期間にわたつて行なわれていかない限り、交通関係の再非行をはじめとして各種非行の再現が憂慮される現況にあるものと認めざるを得ない。即ち、

1  少年は幼少時より家庭内における基本的躾教育が満足に行なわれて来なかつたものの如くであつて、極めて自己中心的で他からの規制や注意に耳を藉すこともなく、自己の欲望の赴くままに我を押し通して、周囲の状況を客観的に把握することも殆どないままに我侭勝手に即行的に行動してしまうという、社会性を欠いた総じて未熟な性格ないし行動傾向を顕著に身につけてきている。(なお、現在中学二年生の妹N・N子も同様の性格傾向を強めてきているものの如くであつて、昭和四九年八月以降、○○学園に措置入園中である。)

本件非行についてみても、その背景としてかかる少年の性格的特性が顕著に認められるのであつて、地道な生活指導の積み重ねによつて少年の社会性を伸ばしていかない限り、一応の知識として与えられ得る各種交通法規や交通事故についての運転者の重大な責任等の説明も、真に少年の行動規範として身についていくことは期待し得ないものと思料される。

2  少年は、保護者たる父母の監護能力が乏しいことと、また、父母共稼ぎの家庭であつて父母の監護の目が少年の生活の各部面に十分届きにくいこともあいまつて、特に少年の単車に対する極めて強固な興味と結び付いて、現在に至るもなお再非行の虞れを秘めた不安定な生活状況の中にあるものといわざるを得ない。

少年は、昭和四九年六月一七日、自動二輪車運転免許の交付を受けたのであるが、父親の対司法警察員供述調書を引用すれば、「印鑑証明がほしいとN・Kが言いますので、『何に使うのか』と聞くと、『何でもいいからくれ』などと言つていましたので私が印鑑証明を取りに行つて来てN・Kに渡しました。二三日後にローンの通帖を作るから『金をくれ』と言いましたので訳を聞くと、先程申しましたオートバイを買つてしまつたと言つていましたので私が三、〇〇〇円出して、オートバイを買つたことを知りました。私はN・Kに、『単車などやめよ』と注意しましたが、N・Kは『事故を起こしたら俺が責任を取る』などと言つていて、親の言うことは聞きませんでした。」という概略の経緯で本件事故車両(ホンダ七五〇CC)を購入し、その後本件非行に至るまでの間近隣の単車友達らと誘いあつては連日のように単車遊びに興じ、本件非行当時のような無謀ともいうべき乱暴な運転態度を身につけてきていたのである。

本件事故により、少年も衝突して後転倒し、少年は奇跡的に約二週間のカスり傷程度の傷害を負つたにとどまつたが、上記車両は廃車となり、また昭和四九年一一月一九日には九〇日間の免許停止処分を受けて、現在に至るまで少年は単車遊びから遠ざかつてはいるものの、依然として少年の興味ないし関心の中心は単車に対して向けられているものの如くであつて、他にこれに代わるべき余暇の使用方法も見出し得ないままに時間をもてあましている現況にあるものと認められる。従つて、少年が交友関係の中などで、免停中の無免許運転その他の再非行を起こすことのないよう、また、今後の交友関係の推移いかんによつては余暇をもてあまして他の非行等に走ることのないよう、健全な余暇利用の指導等を含めての生活指導の充実が望まれるところであるが、保護者たる父母からこれを期待することは相当に困難なものと思料される。

3  他方、上記した少年の性格傾向は、少年を職業人として職場に安定させることを大きく妨げており、中学卒業後勤務したレストラン「○○○」においては、上司と気が合わない、よく怒られては喧嘩になつてしまうとして退職するに至つたものであつたし、現在の職場たる○○段ボールにおいても、本件非行後は相当に自重せざるを得なくなつて欠勤することも少なくなつてきたものの如く窺われるけれども、本件非行は、職場の雰囲気が気にくわないとして約一週間も無断欠勤を続けて単車遊びに興じている間に敢行されたものであるとの例にもみられるとおり、勤労意欲の面においてもまた職場における対人関係の面においても決して安定して就労しているものとは認め難い。

のみならず、本件非行前の約一週間という相当長期にわたる無断欠勤について雇主において少年の父母に連絡をとろうとした形跡もなく、また、少年は現職場において昭和四九年七月頃以降フォークリフト運転手(一トン車を運転)として稼動しているが、構内作業とはいえ相当に危険を伴うかかる作業に特殊自動車運転免許を有していない未だ年少の少年を従事させている等の事実に鑑みると、少年の現在の雇主らから少年の特性に応じた十分の生活指導等を期待することは難しいものといわざるを得ない。

4  従つて、今後なお予測される少年の転職等の状況が生じても、家庭、職場、交友関係の各部面を含めて少年の生活の現況を十分に把握しつつ、少年が社会性を発展させながら自覚した職業人としての生活の基盤をうちたてて安定した規律ある生活を送つていけるように、緻密な生活指導を加えていけるだけの指導力を有した専門家による援助を得ることが、少年の更生にとつて不可欠と思料される。

第3結論

以上のとおりであるので、少年に対する指導を保護観察制度の運用によつてはかることを相当であると認め、少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 八田秀夫)

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